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ヨガインストラクターまるもまろのブログ


by zeroyoga

弓と私 3


3回目・4回目で
取懸・体配を教わりました。




正しい取懸を行うと・・・


  引き分けの途中で離れたり,暴発したりしない

  いかなる強さの弓でも,自分で放すまで安定して引き分ける事ができる。

  放す瞬間まで矢が安定している。

  引き分けから、放す瞬間まで、矢こぼれをしたり、矢口が開いたり

  矢が狂って落ち着かなかったりせずに親指の上に安定して乗っている

  すんなりと放す事ができる。

  引っ掛かったり、緩んだり、重くなったりりせず、瞬間的に放す事ができる。

  離れで矢の飛行方向を変えず、離れの瞬間に矢に影響を与えない

  安定と離れやすさ、拮抗する様な内容を両立させる


役割を担ってくれるそうです























弓懸けに気をとられると、手元にガチガチに

力がかかり、先生の言うように指を動かすことが難しい。




弓懸けのつる道に弦をひっかけても

引き分け→会 の時に、

懸けの親指と人差し指の間の部分がはずに当たって矢が外れてしまいました

カラーンと矢が床に落ちてしまいます

「引っ張ったら外れるよ」と言われるのですが

引っ張ったつもりはなくて・・・

手首を手前にひねって、矢を抑え込むことに意識が向きすぎて

手首が屈曲してしまい、それを会の時点で戻す動き

が発生するので、その動きで外れてしまっているのかな・・・と

テキストを見ながら自分なりに分析しました。





弓と私 3_f0187875_15385981.jpg























根堀り、葉堀り、教えてくれないことを含めて「指導」

教えすぎないことが気づきを誘発するっていうことは

、私もわかっているつもり。



でも簡単に習得できないじぶんを疎ましく感じて
しまいますね










これが、こうしてこうだからこうでこうで・・・

あれがああです。

そして手をいれてしまう、という教え方は

やっちゃいけないな。とつくづく感じます

なるべく言葉で

わかりやすい例えを散りばめながら教えてほしい。し

じぶんもそんな指導者が

あるべき姿だと思っています。




前々回のとき、矢が暴発して耳を打ってしまった女性がいました。

先生と二人、最後の最後まで道場に残って指導を受けていたときでしたが・・・

やはり心因性だと思います。

心の領域が占めるところは大きい、んです










私は不器用なので、取懸を教わるのに時間がかかってしまい

列を詰まらせるのに一役かっている感じなのですが

体配になるとなんなく覚えられるし、からだも自然に動いてくれる。

これはヨガ効果でしょう・・・

反対に、体配になると急に動けなくなってしまう方もいて

やはり人それぞれ得手不得手があるもんだなあと、思います。










私がヨガを教える側に立ち、思うことは

飲み込みが悪かったり、体の固い人のことを・・・先生は

、むしろ好きだということ。

それなのに門を叩いてくれるなんて素晴らしいことですから。



学生の頃はじぶんが不出来で要領の悪いことを

汚点と勘違いして、

相当ひねくれていたかもしれません。それがかえって

先生を苦しめていただけだったんですね



ちょっと気づくのが遅かったけど

もっと良い指導者になるための糧には

なりそうです
by zeroyoga | 2013-06-05 15:43 | ブログ